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倭姫命の巡幸 7

「壱志藤方片桶宮」

 今回は津市藤方にある「加良比乃神社(からひのじんじゃ)」をお詣りすることにしました。伊勢からはどんどん離れていきますが、倭姫命の巡幸を辿ってゆえの事ですのでご容赦いただきたいと思います。この「加良比乃神社(からひのじんじゃ)」が「壱志藤方片桶宮(いちしふじかたかたひのみや)」の有力な比定地とされています。

早速朝から出発し「中勢バイパス」を北に向かって走ります。遠くに鈴鹿の山々が見えますが、雪が積もって真っ白です。途中で右折し藤方方面へ進んで、目的地付近に到着しましたが駐車場だと思っていた所は団地の専用駐車場でした。辺りをウロウロと走って車を停められる場所を探していると、案内板を見つけ「藤方会館」に停めらるそうなのでそちらに向かいました。結局自治会の臨時駐車場に停めましたが、結果的にはそこにも停められるそうなので正解でした。神社巡りをしているとよくある事なのですが、いつも車を停める場所に苦労します。

そこから少し歩くと「加良比乃神社」の参道が現れました。

境内に向かって緩やかに下って行って、石段を上がって拝殿と本殿があるようです。

何時もの様に「祭神」と「由緒」を確認します。

水がなく不便だったので「桶」(水路)を築いて水を引いたので「片桶宮」と称した。とあり、倭姫命の一行はそうした技術も持っていたという事なのでしょうか。そしてこの地で4年間過ごした後「飯野高宮」に移ったという事でしょう。

石段を上がり拝殿に向かいますが、こちらも拝殿の扉はアルミサッシで鍵がかけられ中の様子もうかがえませんが、賽銭を入れる為の穴が空いていてそこから賽銭を入れてお詣りしました。

お詣りを済ませ拝殿の横から本殿を伺います。

こちらも立派な「神明造」で「千木」は天と水平で「鰹木」は6本。「内宮」と同じ様式という事はやはり祭神は「天照大神」で間違いないでしょう。

倭姫命の巡行を辿っていくと、今の内宮へ移る最後の1年間を除いて4年ないし2年で遷宮を繰り返しています。この2年ないし4年という時間が長いか短いかは見解の分かれるところだと思いますが、大和の地を出て伊勢に至るまでには37年間かかったという計算になります。ただ諸国を巡ってきたのではなく、じっくりと足元を固めながら進んできた道のりだったのではないでしょうか。稲作を広めるにあたっても1年ではやはり短い。技術を伝えるには最低でも2年はかかったのだと考えます。当時の人の寿命を考えると37年という時間はとても長い。倭姫命が伊勢の地に着いた時には、もうかなり高齢になっていたのだと思います。けっして帰ることのない「巡幸」。倭姫命はその一生をかけて多くのものを残していってくれたのだと思うと、今更ながら感謝の気持ちでいっぱいになりました。

寅寅寅

(参考文献:倭姫命の御巡幸/著者:楠木勝俊 監修:岡田登 他)

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