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倭姫命の巡幸 13

 皇大神宮儀式帳に記された倭姫命の巡幸地を辿る旅も今回で最後となります。残る2社は移動距離を考えて2日間にわたっての旅になりました。


先ずは「淡海坂田宮(おうみさかたのみや)」の比定地とされる滋賀県米原市にある「坂田神明宮(さかたしんめいぐう)」を訪ねることにしました。陽気も良くなりこの日は朝から天気も上々です。いつもの様に出発点となるインター・チェンジから高速に乗り、滋賀方面へと向かいます。元々旅好きなので出掛けるのは苦になりませんが、どこに行くにも旅の目的はあった方が良いと思います。


「坂田神明宮」に向かう前に、久しぶりに滋賀県を訪れるので少し寄り道をして「彦根城」を見物することにしました。桜の花も見頃でしょうし、ちょうどお昼を済ませたい時間にもなってきました。思った通り、彦根城の桜は盛りを迎えようとしていました。

お昼を済ませて最初の目的地「坂田神明宮」に向かいます。彦根城を出て琵琶湖を眺めながら「さざなみ街道」を北へと走ります。
琵琶湖周辺は何度か訪れた事がありますが、目的地となる神社の駐車場まではやはりカーナビ頼りになります。それにもかかわらず途中で案内が途切れて行き過ぎてしまい、頭の中で地図をなぞり何とか目的地に辿り着くことができました。

駐車場に車を停めると目の前にJR北陸本線が走っています。駐車場からは目の前にある踏切を渡って参拝することになります。

参考文献の写真では警報機もない古い踏切でしたが、新しくなり警報機も付けられていました。直ぐ近くにJR坂田駅も見えます。

踏切を渡るとそこがすぐに「坂田神明宮」の境内になっており、右手の目の前に拝殿が建っていました。

お詣りを済ませいつもの様に境内を散策します。

「由緒」通りに「天照大御神」と「豊受毘売命」が並んで祀られていました。

線路を挟んで神社の東側、駐車場の隣にある参道はちょうど木の伐採作業が行われており、通ることが出来なかったのが残念でした。

これで残す巡幸地もあと一つになりましたが、この日は長浜市のホテルに泊まり、市内を観光しがてら次の日の計画を練る事にしました。

長浜の駅前からは「古事記」でも伝えられた「伊吹山」が遠くに見えました。

ホテルの近くにあるお店で食事をしながらこの日の成果と翌日の予定を確認して、ホテルに戻りベッドに入ると疲れていたのかすぐに深い眠りにつきました。

次の日、朝食を済ませ支度を調えるとホテルを出て、計画通りに岐阜方面へと向かいます。名神高速道路を西へと進むと、伊吹山を左に見ながら走っていくことになりますが、その異様とも思える形から古来は「荒神」が居たとされるのも頷けます。

この日は最後の目的地「美濃伊久良賀宮(みのいくらかのみや)」の比定地とされる瑞穂市の「天神神社(てんじんじんじゃ)」を訪ねる予定です。
しかし近くに車を停める場所があるかどうか確認できなかったので、少し離れた本巣市の商業施設に車を停めさせていただき、そこから歩くことにしました。
ホテルを出て1時間ほどで商業施設の駐車場に到着し歩き始めましたが、この日も歩いていると暑いくらいの陽気です。

幹線道路を離れ歩いていくと、だんだんと長閑な風景が広がっていきます。倭姫命がこの地を訪れたのもよくわかる気がします。ここもまた稲作を行うのに適した場所なのでしょう。
さらに歩いていくと大きな木が見えてきました。そこが最後の目的地「天神神社」でした。

「倭姫命世記」によると「伊久良河宮(いくらかのみや)」と記されていることから、案内板や石碑はこちらの名前になっていますが、ここが皇大神宮儀式帳にある「美濃伊久良賀宮(みのいくらかのみや)」で相違ありません。

境内に入って参拝をします。

ここに辿り着けたことを感謝をしました。

125社巡りを終え最後に皇大神宮にお詣りした時もそうでしたが、何か熱いものがこみ上げてきました。

またいつもの様に境内を散策します。

本殿に飾られた彫刻に見とれていると、後ろの方で「ぱんぱん」と柏手を打つ音が聞こえてきました。
地元の方が参拝をしに来られたのでしょう。すると年配の女性は本殿の横にある「白山神社」にもお詣りされていました。

お詣りを済ませた女性に声をかけてみました。

「こんにちわ。」

「こんにちわ。あなたはどこから来られたんですか。」

「伊勢からです。」

「まあ!そんな遠くからわざわざご苦労様です。」

「ええ、”元伊勢”巡りをしていてここに来ました。とても静かで良いところですね。」

「はい。今は道やお店ができて随分賑やかになりましたけど、とても静かで良いところですよ。」

「そうですね。倭姫命がここを訪れたのも納得していたところなんです。」

「気を付けてお帰りくださいな。」

「ありがとうございます。」

倭姫命がその地に身を置いた理由として、その地の人達の「あたたかさ」や「やさしさ」もあったのではないかと思います。巡幸地を巡って、日本人として人として大切なものを思い起させる旅でもありました。

倭姫命の巡幸地を辿る旅もここでひとまず終わりになりますが、次回は自分が巡幸地を巡って感じた事や思ったことを「まとめ」として残しておきたいと思います。

「天神神社」を後にして再び歩き始めると、昨日は東にあった伊吹山が今日は遠く西の方角に見えていました。いまだに雪をたたえたその山は、倭姫命が旅をした2000年前と変わらぬ姿で自分たちを見下ろしているのでしょう。

寅寅寅

*参考文献:倭姫命の御巡幸 発行所:(株)アイブレーン

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