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​22世紀の式年遷宮(思考の遷宮)【1】

自然が災害になるとき ―― 伝統を脅かす「猛暑」

「思考の遷宮」とは

まず、なぜこの連載のタイトルを「思考の遷宮」としたかを説明しなければなりません。

​ 私たちが未来の人たちに何かを遺すとして、果たして今までと全く同じものを、全く同じ方法で遺し続けることが可能なのでしょうか。形をなぞり、過去をコピーし続けるだけで、この先も歩んでいけるのでしょうか。

​ 神宮式年遷宮が始まってから1300年。その歩みは決して平坦ではありませんでした。凄まじい災害、戦乱、そして飢饉。歴史の荒波の中でもこの営みが途絶えなかったのは、そこには未来へ繋ぐための「知恵」と、時代に適応する「覚悟」があったからだと私は確信しています。

​ 守るべき核心(本質)を貫くために、変えるべき形式を厭わない。この柔軟な適応力こそが、継続のためのエンジンなのです。

600年の歴史が教える「適応」の形

​ そもそも、私たちが誇りとする「お木曳」や「お白石持ち」といった行事は、1300年前から不変だったわけではありません。これらの行事が現在のような賑やかな民俗行事として形を整え始めたのは、今から約600年ほど前のことだと言われています。

​ 実は、それ以前の「お木曳」は、もっと静かで実務的な、いわば「役(奉仕)」としての運搬でした。

​ 当時の先人たちは、遷宮という巨大な営みを絶やさぬよう、その時代の民衆の情熱や社会状況に合わせて「お祭り」という形へと大胆に適応させてきたのです。もし彼らが「形を変えること」を恐れていたら、今のお木曳は存在していなかったでしょう。

​ だとするならば、今を生きる私たちにも、現代の過酷な現実に合わせて「形をアップデートさせる責任」があるのではないでしょうか。

祝祭を襲う「異質な熱」

​ その責任を果たす上で、今、私たちが真っ先に直視しなければならない現実があります。それは「自然が災害へと変貌した」という事実、すなわち「猛暑」の問題です。

​ 奉曳車(ほうえいしゃ)が動き出し、威勢の良い掛け声が街に響き渡る。その高揚感の裏側で、私たちはある違和感を無視できなくなっています。かつての爽やかな初夏の風は、どこへ消えてしまったのでしょうか。

​ 私たちが立っているのは、もはや先人が経験した「神聖な初夏」ではありません。アスファルトの照り返しが50度を超え、湿った空気が体にまとわりつく。これはもはや「祭り」の環境ではなく、生命を維持できるかどうかの「極限環境」なのです。

「最悪のシナリオ」を想定する勇気

​ この極限環境の中で、何百人もの人々が密集して綱を引く。そこには高齢者も子供もいれば、ボランティア、見物客、そして何も知らずに招かれた人々が幾重にも取り囲んでいます。

​ 安全管理の視点から言えば、現在のこの状況は「いつ、どこで、誰が倒れてもおかしくない」危険な状態にあります。もし、この熱気の渦中で複数の人が同時に倒れ始めたら――。救急車も近づけない、救護も手が回らない、日陰すらない街中。祝祭がパニックに塗り替えられる悲惨な状況は、決して「あり得ない未来」ではありません。

​ 「今まで大丈夫だったから」という経験則は、もはや通用しません。安全管理の世界に「ここまでやれば大丈夫」という絶対的な保証はありません。だからこそ今、私たちは「最悪のシナリオ」をすべてテーブルに乗せた上で、伝統のあり方を問い直す段階に来ているのです。

​未来へ繋ぐための「問い」

​ では、この危機にどう立ち向かうべきか。

 具体的な手法は現場を熟知する皆様の知恵に委ねられるべきですが、一つの「考えるきっかけ」として、例えば以下のような視点が必要ではないでしょうか。

 22世紀の式年遷宮。そこでも変わらず、笑顔で綱を引く次世代の姿があるために。
​ 私たちは今、「誇り高き太一の旗印」の下で何を最も優先すべきか。
 「思考」を遷(うつ)す時が来ています。

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