”元伊勢めぐり”のはじめに。

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倭姫命の足跡を追って

以前ホームページの企画で、倭姫命の巡行地を巡る旅をしましたが、続けていくうちに幾つかの疑問が浮かび上がってきました。

しかしコロナ禍であった事もありますが、自分自身でゴールを決めていたのでそれ以上旅を続ける事もなく、旅のまとめとして「機会があれば巡りたい」と書き残すに留めておいたのが現状です。

幸いコロナ禍を何事も無く過ごす事が出来ましたが、自分がいつまで旅を続けられるか分からない年齢に差し掛かり、もう一度旅の続きをしたいと思う様になりました。

今回はゴールを決める事もなく、ひたすら先人達の足跡を追い続ける旅をしようかと考えています。

答えは見つからないかも知れません。旅がいつ終わるかも分かりません。しかしほんの少しでも、頭の中の「靄」が晴れたら良いかな、と思っています。

さて今回の旅のテーマですが、倭姫命の巡行地を巡ってまず不思議に感じていた事。

巡行地が必ずしも「元伊勢」だとは限らないのではないか。

という疑問です。

誤解のない様に言えば、「元伊勢」は「巡行地」では無い、と否定している訳ではありません。

例えば、公式な記録にあるか無いかにかかわらず、また神宮が伊勢に鎮座した後も、倭姫命は各地を訪れた形跡がある事から、その場所や地域が伊勢神宮と何らかの繋がりがあり「元伊勢」と呼ばれる様になったのではないか、という事です。

実際のところ「元伊勢」と呼ばれるところは近畿地方を中心にたくさんあります。主に巡行地周辺に「元伊勢」と呼ばれる神社がたくさんありますが、そこから離れた場所にも倭姫命の言い伝えが残る箇所が幾つもあります。

巡行地としてでは無いけれど、重要な場所として「元伊勢」と呼ばれたのでしょう。当時の人と物の流れを考える事は、神宮だけでは無く、自分達の過去を知る上では欠かせない事だと思います。

それは、自分達がいったい何処から来たのか、そして何処へ向かおうとしているのかを考える旅でもあると思います。

今回はそのヒントを探しに、また新たな旅に出たいと思います。

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